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犬寄隧道(コンクリ巻)旧道

北側 アプローチ道分岐点
犬寄大橋の手前から山手に旧道が伸びます。

この旧道に入った直後の右の斜面に中央構造線という
断層
が露頭していると紹介されていました。

看板も建てられて断層が紹介されていますが、
この断層がエネルギー源となる地震があれば
この辺り一帯は壊滅する規模の地震となるそうです。

北側 旧道
旧道からも犬寄大橋が見えました。

犬寄大橋は延長105m(標識では110m)、幅員9.7m、
上部トラス桁+単純活荷重合成鈑桁という構造を持って
昭和45年に開通した国道の名に恥じぬ大きな橋です。

まさに谷を一跨ぎ、普段何気なく利用していましたが
改めて見ると豪快な工事の産物だと気がつきました。

土砂崩れ
現在は伊予市となった双海町の白看板

背面に見える土砂崩れは平成17年10月の台風被害で、
災害時、現国道56号線犬寄峠は完全通行止にされました。

通行止の際に旧道の利用が検討・調査されたのですが、
旧道にも崩壊箇所があったので断念されています。惜しい。

犬寄峠
旧道には堀割が幾つも設けられ、
九十九折れを繰り返して峠に向かっています。

この峠は、明治35年〜37年に造られた初の車道で、
本来、峠道は三角点がある山の鞍部を越えていました。

現在そちらは廃れていますが、峠にあった松が由来となった
「一里松」という地名が残されているそうです。

旧犬寄峠(車道)に残る白看板

峠の交差点
峠の近くには茶屋の跡と白看板が残っていました。

ところで、峠には「犬寄」の由来となった民話が残っています。
              ↓
「旧三秋村(現在の伊予市三秋)の左衛門という猟師が、
夜遅くこの峠にさしかかった時、1匹の山犬が現れた。
左衛門が保身の為にやむなくその犬を斬ると、犬の断末魔により
何千という仲間の山犬たちが集まってきてしまった。
左衛門は木に登り避難したものの、山犬の数は増すばかり…
体力も厳しくなり観念したところ、突如、左衛門刀が持つ刀の
目抜に刻まれた鶏が鳴き出し、朝だと知った犬どもは退散した。」
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