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大志呂トンネル旧線(廃隧道2本)
隧道A 内部 
1962年(S.37)2月20日に起きた大規模な土砂崩れにより、
鉄橋が落ちて吉野川へ押し寄せる災害があったそうです。

九朗さん曰く、その復旧の方法がルート変更だったようで、
大志呂トンネルが掘られたとのこと。

それにより、この隧道の変状は路線変更が選ばれた
直接の原因ではなく、間接的だったのかも知れません。

隧道変状 
と言うのも、隧道南側坑口付近にこのペイントがあるので、
訪問した時に廃止された主原因だと誤解していました。

ペイントの内容は、
要 注、隧道変状、落盤、75K835M、
(右側に斜め上を向いた矢印)」とあり、
すぐそばの坑口には古レールによる補強もあります。

隧道A 南側坑口 
これ以上引くと草木に覆われて見えなくなります。
5月で既に凄まじい荒れようとなっていました。。

後日知ったことですが、このトンネルのすぐ近くに
新線である大志呂トンネルの横坑があるそうです。

横坑の存在は、災害復旧の為に工事を急いだ為か?
近いうちに再訪問して、穴を確認したいと思います。

隧道B 北側坑口 
短いながらも劇薮の明かり区間を行くと、
すぐにもう一本の隧道が現れました。

最初に示した地図内の「隧道B」北側坑口です。

隧道B 内部 
こちらの隧道は執念の補強が施工されていました。

先ほどの隧道Aでは、南側に数本だけだった
古レールの補強が数十メートルに渡って存在します。

天井部分には、古レールとコンクリの間に木材があり、
隧道側面の開口部も容赦なく塞いである様子から
相当急いで施工されたことが想像されました。

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