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   九朗  2014年5月31日(土) 21:01
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既出でしょうか? 池川町椿山にて

   マフラー巻き  2014年6月2日(月) 8:56 [修正]
お!新作のような気がします。
錆び錆びになっているのは、幾つかあったけど綺麗なのは珍しいですね。

ありがたや、ありがたや。
そういえば、浦戸大橋の南側どっかの道に青看板の白看板バージョンがあったのですが、
観光バスから(&飲酒)だったので写真が撮れませんでした。無念。

 兎之山隧道  九朗  2014年3月29日(土) 19:37
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今治方面に用事があったので遠回りして兎之山を見てきました。すっっかり廃道化してますね。

 R194  九朗  2014年3月29日(土) 19:45 [修正]
こちらはトンネルの話でなくて恐縮ですが、以前から気になっていた寒風山旧道の中にある旧道の、竿谷に行ってみました。色々と強烈でした。
昭和58年頃に大崩落があったんだと思いますが、愛媛の方で当時のことを覚えておられる方はいませんか?

   マフ巻  2014年3月31日(月) 10:57 [修正]
うひゃ。私が始めて通った時は現役だったのに・・・。
兎之山はもうだめかもしれませんね。悲しい。

寒風山旧道もすごいですね。平成16年に新たに崩れていたのは見ましたが、
昭和58年から崩れ始めたのなら、いろいろと強烈ですね・・・。

九朗さんのフットワークは素晴らしいっす。

   しろ  2014年4月3日(木) 15:13  HP [修正]
お久しぶりです。
当時…と言っても新竿谷橋による復旧直後の昭和59年に西条側から寒風山隧道まで通った事があります。この時は旧道上の崩落斜面で多数のブルが作業してました。
大崩落は竿谷の右岸で起った地滑りによるもので発生は昭和56年9月末頃です(左の写真)。旧道の復旧には地滑り地帯を避けた別ルート(新竿谷橋)を建設する必要があり、相当の時間がかかる事から新橋と旧橋の間に仮設橋を建設して信号による交互通行をしていたとの事です(右の写真)。
九朗さんの写真を見ると竿谷橋の取付道路はすっかり洗掘され尽くしてますね。この姿を自分でも一度見に行ってみたいと思います。

   九朗  2014年4月4日(金) 18:17 [修正]
わ〜お。貴重な情報をありがとうございます。仮設橋にて仮復旧したことがあるんですね。とすると現在の崩落の痕は平成16年のものですね。右の看板類は未だに現地に取り残されていました。ちなみに谷底にブルかユンボが一台転落していました。ひょっとして・・・・・
モデムが死んだのでレポが上げられませ〜ん(´Д⊂ヽ

   マフ巻  2014年4月5日(土) 18:47 [修正]
さすがしろさん。変態的行動力と記録力ですね!(ほめ言葉)
谷底に重機とは勿体無い。落下時に、現場の重機で救出できないとは相当ヤバい現場だったんでしょうね。

九朗くん、モデムはよ!

   九朗  2014年4月10日(木) 20:32 [修正]
モデムキタ━(゚∀゚)━!
コレでまた廃なサイトを続けられます。

しろさんまだ見てますか?
TNの廃車は見てませんか?

   しろ  2014年4月11日(金) 16:35 [修正]
TNの廃車はたぶん見た気がしますけど、最後に竿谷へ行ったのは10年以上前なので記憶が曖昧です。すいません。

   九朗  2014年4月11日(金) 22:23 [修正]
繰り返しすみません。ブルが活躍していたとのことですが、仮設橋より奥の旧道もその後一度は復旧したのでしょうか? 

   しろ  2014年4月13日(日) 10:47 [修正]
仮設橋より奥の旧道は復旧されないまま放棄されてます。仮設橋から直接新竿谷橋に移行しました。
旧道を埋没させた土砂は撤去されなかったので、ブルの活躍は二次災害を防止する為に崩落した土砂を均していたのではないかと思います。

   九朗  2014年4月14日(月) 17:39 [修正]
重ね重ねありがとうございました。

 北灘隧道の最新状況  はみ男  2014年3月23日(日) 17:08  HP
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いつの間にか進入できなくなってました。

   マフ巻  2014年3月24日(月) 8:27 [修正]
情報ありがとうございます!
これが閉鎖されてしまうとは、ちょっと意外でした。

近くにあった開通記念碑などは無事なのですね。良かった。
しかし、使われなくなった途端、路肩に土がたまっていますね。
こうやって廃道化してゆくのですねぇ・・・。

   SNAKE  2014年2月18日(火) 21:06
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先日、蛇谷線に再訪し軌道跡を見つけ探索しました。
そして、未発見の隧道を一本、見つけました。

残念ながら終点側が土砂で閉塞しています。

   SNAKE  2014年2月18日(火) 21:08 [修正]
高さは4mぐらいで今まで見た中ではとても大きく広く感じました。

閉塞の原因は、上部にある林道の開設かと思われます。

   マフ巻  2014年2月19日(水) 8:33 [修正]
未発見の隧道!あるもんですね。ありがとうございます。
私もまだまだ知らん隧道が沢山あるんだな〜。

上部の林道開発がなければ、まだ開通していたかもと思うと、
めちゃくちゃもったいないです。地形図に載らない隧道は貴重なのに。。

魚梁瀬界隈がもっと家から近かったらなぁ。

   SNAKE  2014年2月20日(木) 10:20 [修正]
実はトロの車輪も見つけました。

私も中々来れなくて存分に探索できていません……。

   九朗  2014年2月23日(日) 17:50 [修正]
うおお! 欲すい・・・・ みた感じ、軸受けも残ってますよね?
いまでも森林管理局に所有権があるんでしょうかね。頼んだらくれないかな。
持って帰って手押し軌道を開くのぢゃ!

   マフ巻  2014年2月23日(日) 21:42 [修正]
トロの車輪!九朗君の家に持って帰って軌道やりましょうw

千町鉱山にも同じようなのが落ちているところがあるんだけど、
ああいうのって、誰が管理者になっているのだろうか?
誰も管理していないから、もって帰っても法的には大丈夫な気がする。
文化財的にはだめでしょうが、廃棄物とするなら誰が持って帰ってもOKだし。

   九朗  2013年12月30日(月) 22:50
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今年最後の探索に行ってきました。大雪でした。
雪の探索は罰ゲームでしかないと思い知りました。

早いですが、今年もありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。

   マフ巻  2014年1月6日(月) 8:31 [修正]
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
すんごい山奥ですね。どこですかいこれ?

   九朗  2014年1月6日(月) 22:38 [修正]
安居ですよ。探索とは別に中津明神山にも登ってみましたが、四国にも雪の壁ができるとは思ってませんでした。

   マフ巻  2014年1月7日(火) 8:55 [修正]
現在掲載中の安居ですか!
しかしこれ、よく行けましたね。。

   九朗  2013年12月7日(土) 8:50
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安居林道はただ今通行止めだそうで。歩いて通れそうですが、この先の探索計画に影響を与えそうです。この崩落を乗り越えて進むと、おそらく一般個人のものと思われる四駆が二台取り残されていました。気の毒に。こういうケースでレンタカーでも借りた場合、費用は自腹なんでしょうかね。

   SNAKE  2013年12月8日(日) 22:36  HP [修正]
冬ですね。魚梁瀬に行きたいですw
崩落で帰れなくなったとき、徒歩で帰るのも辛そうですね。夜だと寒いし足元は見えないし獣も出てきて怖そうです…。

汗見土場の写真が見つかりました。

   マフ巻  2013年12月9日(月) 8:33 [修正]
ぬおー!雪の中、探索お疲れ様です!しかし崩落の先に四駆ですか。。気の毒に。
レンタカーは、林道での出来事なので自腹ですね。
仲間の車が居たことを願いましょう。

土場の写真、すんごい吊り橋ですね。小さい子供が二人乗っているように見える。
子供同士で大丈夫なんだろうかと心配してしまうけど、当時の人は普通でしょうね。

 北ノ川隧道について  SNAKE  2013年9月23日(月) 22:40  HP
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森ヶ内林用軌道の林道台帳を手に入れました。これによると、北ノ川隧道周辺には軌道および牛馬道、木馬道は設置されていないようです。その近辺に国有林がないので開設しないと思われます。国有林はもっと北側、四万十町と中土佐町の境界付近にわずかにありますが、軌道を開設するほどの広さではありません。結果としてこの隧道が何であるのかは分かりませんが…。

また、ページに記載されていた松葉川線の位置についてですが、森ヶ内造林事務所があった場所から北へ延びる支線が松葉川線です。図の後半は略してます。最後の谷で3本に分岐していますが、これらは同時期に存在していました。3本まとめて松葉川線のようです。

すぐではありませんが、また地図をまとめて上げるのでご参考までにご覧ください。

   SNAKE  2013年9月23日(月) 23:13  HP [修正]
もう少し詳しい情報を
土讃線の延伸、笹之越隧道の扁額記載年ですが、森林軌道は昭和18年に影野(駅)貯木場に延伸しています。そして、昭和25年、奥地にある松葉川貯木場まで車道化され軌道と併用しています。しかし、この時この区間は牛馬道へ降格しています。影野貯木場から松葉川貯木場までの軌道撤去は昭和29年です。
つまり記載されていた昭和23年は車道化された年で間違いないでしょう。軌道と車道の併用期間は4年ということがわかります。

   マフ巻  2013年9月25日(水) 10:48 [修正]
スパムがすごくてビックリ!!200オーバーもあった。
消すのに一苦労・・・英語の助動詞を禁止用語にしておきました。

北ノ川の隧道、やっぱり軌道ではなかったのですね。
いったいあの隧道は何なのか???不思議な隧道です。

続報期待しております。

   九朗  2013年9月28日(土) 9:21 [修正]
投稿パスを設定するか出来る掲示板に乗り換えるのはどうでしょう? >すぱむ



ところで、一日かけて歩き通した安居の写真が綺麗サッパリ消失してしまいました。いま復元を試みていますが、ヘコみます・・・・・・・・

   マフ巻  2013年10月1日(火) 13:53 [修正]
ぐぬぬ。油断しているとスパムが。この一か月ほど酷いですな。

写真が消えたとは、しかも一日かけての場所となると・・・
復元できたらいいですね。もったいない。

   SNAKE  2013年10月2日(水) 21:11  HP [修正]
写真が消えたということは、安居軌道の続編が見れないということですか?
なんということだ…。

   九朗  2013年10月3日(木) 18:56 [修正]
一日どころか、白髪や伊尾木まで綺麗サッパリなくなりましたw

まあ近場はもう一度行けば良い話ですが、安居の奥はなんとしてでも拾いたいですね。あそこはもう一度は行きたくない(汗

 旧赤木川  α星  2013年9月29日(日) 20:53
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隧道とはかけ離れた話題になりますが
一本松の中ノ川隧道周辺には国道に沿って
赤木川という小さな川が流れていますよね。この赤木川
、国道の新設工事の際旧河川を埋め立てて
河川経路を変更している箇所が存在するのです。
いわば川の旧道です。

新旧の地形図(茶堂の付近)やS50年の航空写真を見ても赤木川
が河川経路の変更をされているのが分かると思います。

旧河川の埋め立て地は新道と旧道が交差する箇所がありますが旧道は
アンダーパスを通過して宇和島に向けて進むと左カーブを描いて新道
と合流していますがこの左手に空き地があります。この空き地が
旧河川の埋め立て地になります。
私の記憶では埋められた赤木川の旧河川は旧道に沿って流れており
背の高い水草の生えた区間を過ぎると水深2〜3m位の深みがあり、
そこから薮の中へ流れていました。旧国道時代、国道から
確認は出来ませんでしたがS50年の航空写真では赤木川
の埋められた区間(現道の通ってる付近)には堰も存在したみ
たいです。

旧河川の埋め立て工事は93年頃から96年1月頃まで行われ、
深みの箇所は最後まで残っており、溜め池状態でした。
96年1月頃、深みのあった箇所が埋め立てられ、旧河川は完全に
埋没してしまいました。

新河川の着工工事の時期は忘れましたが95年の年末頃には完成しており、
アンダーパスから旧道合流地点の南側に流れる河川が人工の新河川になります。

   マフ巻  2013年10月1日(火) 13:58 [修正]
河川の新旧ですか。
確かに中ノ川辺りは大工事ですものね。

地形の変遷も追っていけば面白いものがあるかもしれません。
特にダム関連だと、工事用だけの隧道が発生したり消えたりするので楽しいかも。

うちの近所の二級河川にも、付け替えルートが残っているのがあります。
今は、工場地帯の中をぶった切る形で廃河川が残っていて野犬の巣に。

   α星  2013年10月1日(火) 21:14 [修正]
中ノ川隧道周辺の工事は84年頃には
行われていたそうです。

2010年5月に旧河川の痕跡がないか
現地で調べたのですが、何も残っていませんでした。
わざわざ新河川を造らず従来の河川に橋梁を架けて
新道を通した方が良かったと思います。

新河川新設工事と旧河川埋め立て工事の際中は中ノ川以西の
赤木川は工事で出た土砂で濁った状態でした。

ちょっと思い出したのですがこの改良区間には
現道を拡幅した区間もありますがこの区間に
坪の内橋と高橋橋という赤木川を跨ぐ橋がありますよね。
これらも拡幅の際、架け替えられた物で両者は
S30年代以前に造られた橋梁でよく見るコンクリート製
の欄干の橋でした。幅員も狭く高橋橋の方は大型車の
合離は厳しかったと記憶しています。

両者の架け替えは北側に仮設路と仮設橋をもうけ
旧橋を通行止めにして架け替えが行われました。
坪の内橋は95年頃〜96年頃、高橋橋は99年頃〜
2000年頃に架け替えられました。

 残暑見舞い申し上げます  SNAKE  2013年8月28日(水) 23:51  HP
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本日、祖谷山林用軌道の探索で隧道を発見しました。
すぐ上部で林道開設工事がなされており、ここから奥の終点側の部分も少しだけ踏襲されていました。
起点方向に向かって延伸していると伺いました。起点からここまでは登山道として使われており、素晴らしい軌道跡が残っていましたが踏襲されてしまいそうです。

隧道についてですが、画像は終点側です。
起点側は残念ながら土砂で閉塞しております。
1/3コンクリ2/3素掘りで、長さは20メートルぐらいだと思われます。
カーブはなく、ほぼ直線です。

   マフ巻  2013年8月30日(金) 8:45 [修正]
素晴らしい!未知の隧道で、片方が閉塞しているとはアツイ。
いいものを見つけられましたね。

どんどん新発見をお願いします。楽しみです。

   SNAKE  2013年8月30日(金) 22:40 [修正]
一応、内部の状態です〜。

   マフ巻  2013年9月3日(火) 8:33 [修正]
一部コンクリですか。頑張っていた林鉄なのですね。
しかしよく見つけられましたね。

   SNAKE  2013年9月3日(火) 11:44 [修正]
経験者としての感でしょうかw
一日目は隧道埋没側で探索を終了(この段階ではまだ疑心暗鬼)、二日目は裏側を目指して、見つけることができました。
一応、この路線には隧道があることが林道台帳に明記されていました。
潰される前に写真に収めることができてよかったですw

写真は埋没側、崩れてきた斜面に生えた木を見るとかなり時間が経過していることがわかります。

 四万十市中村大橋通6丁目  しっぽつき  2013年5月30日(木) 19:25  HP
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 これって「白看板」でOKですか?

   マフ巻  2013年5月31日(金) 15:28 [修正]
ローマ字の大文字がないので、白看板ではありませぬ。
しかし、同時期に設置された看板であることは間違いないですよ。

こんなのがある路線に、白看板が残っていることが多いので、
ぜひとも新たなる発見をしてください!

   しっぽつき  2013年5月31日(金) 19:11  HP [修正]
なるほど〜。
そう簡単には見つかりませんな。

以後看板にも気を付けてみまするm(__)m

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